はじめに
年齢を重ねると身体のいろいろなところで病気がでてくることがあります。加齢黄斑変性もその一つで、加齢により網膜の中心部である黄斑に障害が生じ、見ようとするところが見えにくくなる病気です。加齢黄斑変性は一般には馴染みの薄い病名かもしれませんが、欧米では成人の失明原因の第1位で珍しくない病気です。日本では比較的少ないと考えられていましたが、人口の高齢化と生活の欧米化により近年著しく増加しており、失明原因の第4位となっています。50歳以上の人の約1%にみられ、高齢になるほど多くみられます。比較的最近まで治療法がなかったのですが、最近いくつかの治療法が新たに開発されて、多くの患者さんで視力の維持や改善が得られるようになってきました。
黄斑とは
網膜はカメラのフィルムに相当し、外からの光が瞳(瞳孔)、レンズ(水晶体)や目の中央部(硝子体)を通り、網膜に当たり光を感じます。網膜で光が電気信号に変換され脳に伝えられ「見える」のです(図1)。黄斑とは網膜の中心にある直径1.5mm~2mm程度の小さな部分の名称で、黄斑の中心は中心窩と呼ばれ、見ているところ(固視点)からの光が当たる部位です(図2)。黄斑にはキサントフィルという色素が豊富にあるために黄色をしています。カメラのフィルムと網膜では大きく異なることがあります。カメラのフィルムではどの部分でもよく写りますが、網膜は中心(黄斑)では大変良い視力が得られますが、それ以外のところでは正常の目でも十分良い視力は得られません。したがって、黄斑は大変小さな部分ですが、黄斑が障害されるとそれ以外に網膜に異常がなくても視力が著しく低下し、運転免許を更新したり、字を読むことができなくなったりします。網膜の下には網膜色素上皮という一層の細胞があり、その下に脈絡膜という血管に富んだ組織があります(図3)。網膜が正しく働くためには網膜の下にある網膜色素上皮やその下にある脈絡膜が正しく働く必要があります。
図1.目の構造
図2.黄斑と中心窩
図3.網膜周辺部の構造
加齢黄斑変性とは
年齢を重ねるとともに網膜色素上皮の下に老廃物が蓄積してきます。それにより直接あるいは間接的に黄斑部が障害される病気が加齢黄斑変性です。
加齢黄斑変性の分類
加齢黄斑変性には大きく分けると萎縮型と滲出型の2つの種類があります。萎縮型は網膜色素上皮が徐々に萎縮していき、網膜が障害され視力が徐々に低下していく病気です(図4)。
滲出型は異常な血管(脈絡膜新生血管)が脈絡膜から網膜色素上皮の下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に侵入して網膜が障害される病気です(図5)。異常な血管は正常の血管と異なり血液の成分を漏出させたり、血管が破れたりします。血液成分が漏出すると網膜が腫れたり(網膜浮腫)、網膜下に液体が溜まります(網膜下液)。そのために網膜が正しく働かなくなり視力が低下します。血管が破れると出血となり網膜を障害します。
図4.眼底写真でみる網膜の萎縮巣
図5.眼底写真でみる網膜の出血
加齢黄斑変性の症状
(1)変視症
網膜の腫れや網膜の下に液体が溜まると網膜がゆがみます。ゆがんだフィルムで写すとゆがんで写るように、ゆがんだ網膜で見るとものがゆがんで見えます。黄斑部は障害されますが、周辺部は障害されていませんので、中心部はゆがんで見えますが、周辺部は正しく見えます(図6)。
図6.加齢黄斑変性の症状(中心部のゆがみ)
(2)視力低下、中心暗点
さらに黄斑部の網膜が障害されると、真ん中が見えなくなり(中心暗点)、視力が低下します(図7)。視力低下が進行すると運転免許の更新や字を読んだりすることができなくなります。通常、視力低下は徐々に進行し、治療をしなければ多くの患者さんで視力が0.1以下になります。網膜下に大きな出血が起こると突然、著しい視力低下が起こることがあります。萎縮型と滲出型を比べると、滲出型のほうが進行が早く、視力悪化も重症なことが多いです。
図7.加齢黄斑変性の症状(中心部のゆがみと中心暗点)
(3)色覚異常
症状が進んでくると色が分からなくなってきます。
加齢黄斑変性の検査
加齢黄斑変性を正しく診断するためには、眼底検査や造影検査などの詳しい検査が必要です。
(1)視力検査
他の目の病気と同様に視力検査は重要な検査です。加齢黄斑変性では視力低下が起こります(図8)。
図8.視力検査
(2)アムスラー検査
碁盤の目のような(方眼紙のような)図を見てもらい、格子のゆがみを調べる検査です。変視症を早くから検出することができます。簡便な検査ですので、自宅でもできます(片眼ずつ検査する必要があります)(図9)。
図9.アムスラー検査
(3)眼底検査
眼科医が網膜の状態を詳しく観察する検査です。網膜の状態が詳しく分かり、出血や新生血管が分かります。記録のために眼底カメラで眼底写真に保存することがあります(図4、5)。
(4)造影検査
静脈から造影剤を注入した新生血管などの状態を詳しく調べる検査です。フルオレセイン造影検査とインドシアニングリーン造影検査の2種類の検査があります。いずれの造影検査も連続して何枚もの眼底写真を撮影したり、動画で連続して撮影したりします(図10)。
図10.眼底の造影検査
(滋賀医科大学眼科 大路正人教授提供)
(5)光干渉断層計
もともと、網膜の断面を調べる検査ですが最近の機械では網膜の断面を連続して撮ることにより、網膜やその下の新生血管などの状態を立体的に把握することができます。短時間で検査ができ、造影剤を使わないので患者さんに負担が少ない検査です。負担が少ないので頻回に検査を行うこともできます(図11)。
図11.光干渉断層計検査
(滋賀医科大学眼科 大路正人教授提供)
加齢黄斑変性の治療
1)萎縮型の加齢黄斑変性
残念ながら萎縮型の加齢黄斑変性には現在のところ治療方法はありません。
2)滲出型の加齢黄斑変性
滲出型の加齢黄斑変性にはいくつかの治療法があります。治療の目的は脈絡膜新生血管の拡大を抑え退縮させ、視力を維持あるいは改善することです。視力が良くなることもありますが、視力が正常になることはほとんどありません。
(1)薬物治療
脈絡膜新生血管の発生には血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)が関係していると考えられており、VEGFを阻害することにより脈絡膜新生血管を退縮させる治療法です(図12)。現在認可されているVEGF阻害薬にはマクジェン®、ルセンティス®、アイリーア®という3種類の薬があり、いずれも目の中(硝子体腔)に6週あるいは4週ごとに2~3回注射します。その後は定期的に診察をして、脈絡膜新生血管の活動性がみられれば、再度注射を行います。次に述べる光線力学的療法と組み合わせて治療を行うことがあります。
図12.硝子体内注射による薬物治療
(2)光線力学的療法(photodynamic therapy:PDT、図13)
ビスダイン®という光感受性物質を点滴し、その後に非常に弱い出力の専用のレーザーを病変に照射する治療法です。治療を行う前に造影検査を行い、脈絡膜新生血管をはじめとする病変を確認して、病変の大きさに合わせてレーザーの照射範囲を決定します。治療後48時間は強い光に当たることに注意する必要があります。治療後48時間以内に強い光に当たると光過敏症などの合併症が起こることがあるので注意が必要です。光線力学的療法は必ずしも一度で終了するとは限りません。治療のためには専用のレーザー装置が必要であり、眼科PDTの認定医が行う必要があります。
図13.光線力学的療法
(3)レーザー凝固
脈絡膜新生血管が黄斑の中心から離れた場所にある場合には強い出力のレーザー光線で病変を凝固し、破壊することがあります。病変が黄斑の中心に及んでいる場合にレーザー凝固すると黄斑も障害されることになり、著しい視力低下になりますので、レーザー凝固を行うことはほとんどありません。
(4)手術
脈絡膜新生血管を抜去したり、黄斑を移動させる手術が以前には行われていましたが、最近は光線力学的療法やVEGF阻害薬が使えるようになり、ほとんど行われなくなっています。
(5)その他
放射線治療や病変を暖める治療法(経瞳孔的温熱療法)の効果は証明されていませんので、行われることはほとんどありません。
加齢黄斑変性の予防
(1)禁煙
喫煙している人はしていない人に比べて加齢黄斑変性になる危険性が高いことが分かっています。喫煙している人には禁煙が勧められます。
(2)サプリメント
ビタミンC、ビタミンE、βカロチン、亜鉛などを含んだサプリメントを飲むと加齢黄斑変性の発症が少なくなることが分かっています。加齢黄斑変性の発症が少なくなりますが、完全に抑えることはできません。加齢黄斑変性になっていない人にも勧められますが、一方の目に加齢黄斑変性が発症した人にはサプリメントの内服が強く勧められます。
(3)食事
緑黄色野菜はサプリメントと同様に加齢黄斑変性の発症を抑えると考えられています。肉中心の食事より、魚中心の食事のほうがよいようです。
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